WOMENCANFLY.COの連載「THE WAY」では、毎月海外で暮らす素敵な女性をご紹介しています。
今回ご紹介するのは、スウェーデンの中南部に位置するHABO (ハーボ)という小さな街
で「MAGAZINE195」という地元の人々に愛されるフリーマガジンを発行しているウィデトフト麻里さんです。フォトグラファーとしても活躍されています。スウェーデン出身のロバートさんと結婚し、第一子となる娘さんの出産を機に、言葉も文化も分からないスウェーデンへやってきました。今は、3人の女の子のお母さんでもあります。
もともと中国で日本語教師として働いていた麻里さんは、やりがいを感じながら働いていましたが、出産を機にスウェーデンへと移住することに。異国の地で経験した起業の苦労や、ジェンダーギャップ指数5位を誇る男女平等の国での子育て事情について伺いました。
ミラクルの連発。導かれるように中国へ。
麻里さんは、同じクラスに台湾人のクラスメイトがいたことをきっかけに、小学生の時から中国に興味を持ち始めました。「中国の人と話していると、なぜか自分の中からエネルギーが出て楽しい気持ちになる」、そんな感覚があったのだそう。中国に対する憧れにも似た関心はその後もずっと心のどこかにあり、大学では中国文化を専攻します。大学2年生の時、念願かなって中国への短期留学も経験しました。
麻里さんのキャリアを振り返ると、新卒で一度は日本の企業に就職したものの、その後導かれるように中国転職を果たします。
「短期留学から帰ってきて、電車の中で中国語を話していたら、隣に座っていた日本人女性に突然話しかけられたんです。彼女は中国で事業をされている方で、仕事を紹介してもらいました。とても興味はあったのですが、当時はまだ学生だったので一度諦めました」
その時はせっかく巡ってきたチャンスをものにできなかったものの、中国に対する興味は失わずにいた麻里さんは、大学の卒業旅行で友人たちが欧米に行くのをよそ目に、たった一人で中国へ。若い女性の中国一人旅が珍しかったのか、そこでも日本人男性に話しかけられました。
実は、この男性こそ麻里さんが中国で働くきっかけとなった人。当時は名刺を貰っただけでしたが、「日中友好協会」と書かれたその名刺を、麻里さんは大事にとっておいたのでした。
大学卒業後、教育関係の企業で人事の仕事をしていたものの、やっぱり中国へ行きたいという想いを抑えきれなくなり、ふと中国旅行中に貰った名刺を思い出します。男性にアポイントをとり、名刺に書かれている横浜支部へ着くと、短期留学後に電車で声をかけてくれたあの女性の姿が。なんと、別々に出会った2人は同じ事業で中国に携わっていたのです。
彼らは中国で日本語を教える事業を展開しており、今まさに日本語教師を必要としていました。一度は諦めた麻里さんでしたが、この時ばかりは迷わず手を挙げ、遂に中国転職を果たします。
「こんな偶然ってあるんだと驚きました。いろんな経験や出会いの『点』が『線』で繋がった瞬間で、何事も点だけでみるのではなく、それを繋げて線で見るべきだという原体験になりました」
日中友好に捧げた、月給3万円の中国生活
中国では、寧波にある慈渓(じけい)という小さな町で、1クラス約50人の生徒に日本語を教えていました。自身が中国語を学んだ経験から、日本語に興味をもってもらい、日本語を学ぶ楽しさを伝えることこそが日本語教師のもっとも大切な仕事だと信じていた麻里さん。「知っている日本人は麻里さんだけ」という慈渓の子どもたちに、日本人を代表する気持ちで日本語や日本文化を伝えました。
「とにかく、日本と中国の友好の架け橋になりたい。その一心でした」
当時、中国現地の平均月収は2〜3万円。麻里さんも例外ではありません。新卒で入った日本の企業の初任給は、その6〜7倍はあったはず。その初任給もキャリアも手放し、たった一人、日中友好のために中国へやってきた若い女性がいるというのは、現地でも十分に注目され、遂にはドキュメンタリー番組『麻里的一天』にも取り上げられました。
「たしかにお給料は下がったけど、私はお金よりも経験がほしかったんです。家と食事は用意されていたので、生活には困りませんでした。休みの日も生徒と過ごし、先生というよりはお姉さんのような存在だったと思います」
情熱を存分に注ぐことのできる仕事に就くことができた麻里さんは、その理由についてこう振り返ります。
「出会いやきっかけは、思わぬところで訪れます。でも、その幸運を掴むためには、常にアンテナを張っておくことが大事だと思うんです。私は『いつか中国に行きたい。本当の国際交流から民間から始まるはず』と常に言うようにしていました。そして、その情熱が伝わるべく人に伝わり、タイミングがうまく重なったときに、今ままでの点が線になって繋がれるのだと思いました」
宣言することは、夢を叶える近道なのかもしれません。
スウェーデンは、なぜ子育てしやすいのか
麻里さんの中国生活を語るのに、欠かせない存在がいます。パートナーのロバートさんです。2人の出会いは、中国・寧波で開催されたハロウィンパーティ。他の参加者はみんな思い思いに仮装を楽しむなか、2人だけが私服で参加し、意気投合。交際を経て、結婚することになりました。
その後、2人は第一子となる女の子を授かります。中国で出会い、日本で出産。このまま中国で子育てすることも考えましたが、産まれたばかりの我が子を抱いた時、自然とどちらかが生まれ育った国で育てたいと思ったのだそう。話し合い、スウェーデンへ移り住むことになりました。
スウェーデンは、男女平等の意識が浸透している国として知られていますが、世界で最も子育てしやすい国のひとつとも言われています。例えば、子どもが生まれると、両親は子ども1人当たり480日の休暇を取得できます。480日という日数は父親と母親の2人が取得できる合計の日数で、内訳は自分達で決めることが可能です。また、この休暇は子どもが満12歳になるまでの間好きな時期に取得でき、2ヶ月前までに休暇を申請すれば、会社はその申請を拒否できない決まりになっています。
男女共に働くことが一般的で、育児だけでなく、家事や掃除も夫婦で分担するのが当たり前。麻里さんの家庭でも、家事はその時に手があいている方がしています。
「ママ友と同じように、パパ友もたくさんいますよ。平日にベビーカーを押しているパパをよく見かけますし、街のベビー教室にも育児休暇中のパパさん達がたくさん来ています。育児が『女性の担当』でないのは、とても健全なことだと思います」
子どもがいても働くことが当たり前なので、学校の行事も、両親が働いている前提でスケジュールされます。職場に子どもを連れて行くことも、よくあること。保育園の費用も補助が出るので負担は少なく、多くの家庭が1歳頃から保育園に預けて働き始めるのだとか。たまにある子どものお弁当も、ハムを挟んだサンドイッチで十分です。
子育てと仕事の両立がみんなにとっての「当たり前」になると、仕事も家事も、必然的にその両立のうえに成り立つよう設計されます。この、性別に関係なく、子どもの親として、女性も男性も平等に育児と仕事をする社会こそがスウェーデンで子育てしやすい理由に繋がっているのです。
スウェーデンでつくり上げた、自分の居場所と『MAGAZINE195』
スウェーデンで第二子、第三子と女の子を出産した麻里さんは、移住してから8年が経った頃、新しいキャリアを歩み始めます。ちょうど、3番目のお子さんが1歳の時でした。
「日本語教師として仕事のオファーをいただいたこともありましたが、日本語教師はあくまで日中友好のための手段だったので、スウェーデンでも続けるという選択肢はありませんでした。何をしようかと思った時、自然とずっと好きだったカメラを仕事にしようと思ったんです」
思い返せば、小学生の時からカメラを持ち歩き、学生時代にはいろいろとバイトを変えながらも、唯一写真屋さんでのアルバイトはずっと続けてきました。写真はいつも身近にあったのです。
早速アシスタントとして働き、その後独立して、小さなスタジオを構えました。同時に、フリーペーパーを発行する会社を設立。フリーペーパーには、目の前を通る高速道路の名前から『MAGAZINE195』と名付けました。
『MAGAZINE195』には、「地域を深堀する」を意味する "Närhet på djupet"というサブタイトルがあります。その名のとおり、マガジンは地元ハーボに暮らす人や企業のストーリーにスポットライトを当てており、丁寧に取材された記事は、読むと心が温かくなるものばかり。読んだ後ポジティブな気持ちになり、地元の人がハーボを誇りに思えるような記事になるよう意識して作っているそうです。
「スウェーデン人は『青い目をした日本人』と言われることが多く、律儀でシャイな人が多いんです。だから、こちらから動かないとコミュニティに入っていくことはなかなか難しい。私の場合は、カメラのレンズを通して、スウェーデンの文化やライフスタイルを覗くことができたんです。仕事を通してたくさんの出会いがありました」
こうして、麻里さんはスウェーデンの小さな街で、心のこもった『MAGAZINE195』とともに、自分の居場所も自力でつくり上げました。
外国人であることを、マイナスからプラスに転換
今ではすっかりハーボを代表するフォトグラファーの一人となり、『MAGAZINE195』も地域に根付いた人気マガジンとなりました。今では毎回1万2千部を発行しています。しかし、もちろん最初からうまくいったわけではありません。最初は、部数も半数の6千部からのスタートでした。
『MAGAZINE195』を発行し始めた当初、もっとも苦労したのは収入源となる広告を出してくれる企業への営業です。電話でお願いしても「忙しいから」と取り合ってもらえず、何件も訪問し、やっとの思いで契約を取り付けたのは、わずか5社でした。
さらに追い討ちをかけるように、第1号発行時に、依頼したポスティング業者のミスが発覚。予定していたスケジュールに間に合わせるためには、6千部全てを麻里さん自身がポスティングしなければいけない事態となりました。車を数メートル走らせては、降りて投函し、また走らせては投函し……を繰り返し、途中で車は故障。「私、何やってるんだろう」と、涙を溜めて天を仰いだそうです。
それでも続けてこられたのは、「自分でやろうと決めた」から。そして、自分を信じて広告を出してくれた企業の方々からの期待に応えたいという想いと、支えてくれる街の方々への感謝の気持ちがあったから。「最後は意地ですよね」と、麻里さんは笑います。
「どこにいても、不満を言う人は不満を言うし、できる人はできると信じています。自分で選んだ道には自分で責任をもちたい。だから、いつも笑顔を絶やさずポジティブでいること、愚痴を言わないことを心がけています」
『MAGAZINE195』発行当初、広告の営業に耳を傾けてくれる人はほとんどいませんでした。その理由について、麻里さんは、自身のスウェーデン語が流暢でなかったのと、ネット時代に紙媒体のメディアに広告を出すのを躊躇されたからだろうと振り返ります。けれど、真摯にマガジンを作り続けていると、次第に「外国人が面白いことをやっている」と興味をもってもらえるようになり、雑誌のクオリティを理解してくれた企業から目を向けてもらえるようになりました。今では、ネット社会だからこそ、あえて雑誌という紙のメディアに広告を出して独自性を出したいという企業が増えたのだそう。麻里さんは、異国の地で外国人であることをマイナスからプラスに変えたのです。
マガジン発行から6年が経ち、約50社が広告を出してくれるまでになりました。嬉しいことに、初回に広告を出してくれた5社は、今でも広告を出し続けてくれています。
幸せの基準は自分で決めるもの
麻里さんはフォトグラファーとしても活躍していますが、フォトグラファーとして仕事を受けるとき、写真のクオリティはもちろん、それ以上に撮影中の時間も大切にしています。それは、何年、何十年後に写真を見返したときに、撮影した時間も楽しい思い出として残っていてほしいから。「なんかおもしろい日本人フォトグラファーに撮ってもらったよね」と振り返ってもらえるような撮影を心がけてます。
こだわりをもって仕事をしていると、フォトグラファーとして写真の仕事を依頼された企業にマガジンの広告を出してもらったり、マガジンで特集を組んだ起業から撮影の仕事を依頼されたりと、好循環が生まれるようになりました。今ではハーボの区で使われるマーケティング写真のほとんどは、麻里さんが撮影したものなのだそう。さらに、ハーボ区のオフィシャルインスタグラムの写真撮影も2017年から毎年任されており、麻里さんは「好きなこと」が仕事として成立していることに、日々幸せを感じています。
「スウェーデン人は、幸せの基準を必ず自分の中にもっています。人と比べたりしないのは、幼少期からの教育も関係していると思うんです。例えば、子どもが何かを上手にできたとき、『上手にできたね』と褒めるだけでなく、その後に『あなたは満足した?』『あなたはハッピー?』と聞くんです。そうやって、他人ではなく自分の価値基準を育てているんだと思います」
憧れの中国へ念願叶って転職した時とは異なり、まさに「手探り状態」だったスウェーデンへの移住。最初の3年は、中国に戻りたいと泣きながら過ごした夜も多かったといいます。それでも麻里さんは「自分で選んだ道だから」と誰のせいにすることもありませんでした。
「どの道を選んでも、自分の行動と意識次第で道は開けます」と、麻里さんは力強く話します。情熱をもって走り抜けてきた結果、振り返れば、たくさんの人が応援してくれるようになりました。
「今まで私の人生の中で応援してきてくれた方々に、いろいろな形で恩返しできるようになりたいと思っています」
麻里さんは、歳を重ねるにつれて、目の前のことだけでなく、これからの人生をどう充実させるかに目を向けるようにもなりました。新しいキャリアにも挑戦したいといいます。
いつも自分の気持ちに正直な麻里さんの心の声は、どのような挑戦に向かうのでしょう。成功も幸せの価値観も自分が決めるという強さがあれば、どのようなことも前向きにチャレンジできるはず。ハーボの人たちと一緒に、私たちも麻里さんの挑戦を心から応援したいと思います。
麻里さんのSNSアカウントもぜひ覗いてみてくださいね。
▼YouTubeチャンネル「へいさんまりさん - Hejsan Marisan - ch.」
麻里さんが子育てライフスタイルを気ままに更新されています!
▼Instagramアカウント
@photobymari.g.w88 は、麻里さんのフォトグラファーアカウントです。
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